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【スペイン語で歌おう】映画「リメンバー・ミー」の劇中歌に挑戦!【メキシコ文化の解説付】

【スペイン語で歌おう】映画「リメンバー・ミー」ってどんな映画?

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リメンバー・ミー(原題:COCO)は、2017年に公開されたピクサー制作・ディズニー配給の映画で、日本では2018年3月に公開されました。公開最初の土日観客動員数ランキングでは『ドラえもん のび太の宝島に続く2位を獲得した他、興行収入では公開初週から4週連続1位を記録するなど、その注目度はかなり高かったようです。

 

作品のテーマは「家族」。メキシコのお祭り「死者の日」を舞台に、家族の大切さや夢を追う主人公ミゲルの成長が描かれています。

 

あらすじ

ミゲルはメキシコの小さな町サンタ・セシリアに住む少年。

音楽を愛しミュージシャンになりたいと夢見ますが、靴工房を営む家族は大反対。それどころか、ひいひいおじいちゃんが音楽のせいで家族を捨てたという理由で「音楽の話は一切禁止」という奇妙な家族です。

 

そんな中、ある写真を目にしたミゲルは、サンタ・セシリア出身の往年のミュージシャン・エルネスト・デラクルスがかの曾曾祖父その人であることを発見します。

 

自分が伝説のミュージシャンの子孫であることを知り興奮するミゲル。死者の日当日、町の広場で音楽コンテストに出場しようと家族に懇願しますが、怒ったおばあちゃんにギターを割られてしまい…思い詰めた彼は、町の墓地に埋葬されているエルネスト・デラクルスの霊廟から彼の遺品として飾られていたギターを盗んでしまいます。

 

しかし、そのことが原因でミゲルは死者が見える体になってしまいました。そして、生者の世界に遊びに来ていた先祖たちに遭遇し、死者の国に足を踏み入れることになるのですが…

 

「生者の世界で自分の写真が飾られている者に限り、死者の日に生者の世界へ行くことができる」

 

そんな死者の世界のルールのせいで話がこじれ、自分の写真を持ち帰ってほしい死者、どうしてもデラクルスに会いたいミゲル、早く彼を生者の世界に帰そうとする先祖たちのいたちごっこが始まるのです。

 

そこで明らかになるデラクルスの本当の過去と、家族の絆。

カラフルで壮大な死者の国のビジュアルや、全編にちりばめられたスペイン語混じりのセリフ、メキシコの音楽も必見です。

 

お盆×ハロウィン⁉メキシコの伝統的な祭日「死者の日」

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さて、映画の舞台となっている「死者の日」。

 

死者の魂がこの世に帰って来る日とされ、祭壇を飾り、家族で食卓を囲みながら先祖に思いを馳せます。もとはカトリックの聖人を祭る日でしたが、現在は日本でいうお盆のような意味合いを持つイベントになっています。

 

11月1日から2日にかけて行われることが多いこの死者の日ですが、最近はガイコツのメーキャップをしたり仮装を楽しむ人で街が溢れ、ハロウィンのような盛り上がりを見せています。カラフルな装飾やイルミネーションでキラキラした街は歩くだけでも楽しいですよ。

 

また、都市部ではこういったお祭りを家族だけでなく、職場でもお祝いします。オフィスで「仮装デー」が設けられていたり、「パン・デ・ロスカ」という伝統的な菓子パンをみんなで食べたりと、日本にはなかなかない光景が見られます。

 

私は大学時代、メキシコのアグアスカリエンテス州という所で8ヵ月間インターンをした経験があるのですが、オフィスに突然巨大なパン・デ・ロスカが運ばれ、みんなが当たり前のように食べ始めたときは本当にびっくりしました(笑)

 

リアルなメキシコ文化が描かれる「リメンバー・ミー」

 

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映画「リメンバー・ミー」では、他にもたくさんのリアルなメキシコ文化が描かれています。

 

例えば、初めの方でミゲルが家族と食事をするシーン。おばあちゃんがミゲルに勧めている「タマレス」はメキシコの伝統料理です。塩や唐辛子などで味付けした肉をトウモロコシの粉を練ったもので包み、トウモロコシの皮やバナナの皮に包んで蒸したもので、何かお祝い事がある時に家族みんなで作って食べます。日本で言うお赤飯のような存在でしょうか。

 

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引用元https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%BF%E3%83%9E%E3%83%AB_(%E9%A3%9F%E5%93%81)

 

また、メキシコ人はなんにでも愛情を込めて縮小詞をつける傾向があります。映画でおばあちゃんがミゲルのことを「ミゲリート」と呼んでいるのがそれです。気持ちがこもる余り「ミゲリティティティティティ―ト」になってしまっているシーンもありますが、実際のメキシコでも日常茶飯事。人だけでなくものにも縮小詞をつけるのが当たり前です。大阪のおばちゃんが飴のことを「飴ちゃん」という感覚と似ているかもしれません(笑)

 

 

実は、アメリカで作られた作品でここまで忠実にメキシコの生活文化が描かれるのは大変珍しいことなのです。描かれていても「アメリカ人から見たメキシコ」であることが多く、「テキーラを飲む口ひげの男」や「マフィア」といったステレオタイプのイメージか、「スペイン語なまりの英語を話すヒスパニック」として登場することがほとんです。

 

そのような点で、リメンバー・ミーは、メキシコについて知りたい方やスペイン語を勉強中の方にぴったりの作品と言えるでしょう。



早速、劇中歌 “La llorona”を歌ってみよう!

 

さて、ここで“La llorona”という曲をご紹介します。劇中でママ・イメルダが歌うこの歌は、遠くへ行ってしまった相手を思い涙にくれる女性の気持ちが歌われているオリジナル楽曲で、作中唯一の全編スペイン語の楽曲です。

“La llorona” (泣く女)

 

Ay, de mí, llorona, llorona de azul celeste

ああ、泣き虫な私  青い空に泣く

Ay, de mí, llorona, llorona de azul celeste

ああ、私ったら泣き虫ね  青い空に泣くの

Y aunque la vida me cueste, llorona, no dejaré de quererte

例え命と引き換えでも、あなたを愛するのをやめはしない

No dejaré de quererte

やめはしない

 

Me subí al pino más alto, llorona, a ver si te divisaba

一番高い松の木に登った  あなたが見えるかと思って

Me subí al pino más alto, llorona, a ver si te divisaba

一番高い松の木に登ったわ  あなたを一目見たくて

Como el pino era tierno, llorona, al verme llorar, lloraba

私が泣くのを見て、松の木さえ哀れんで涙を流した

Como el pino era tierno, llorona, al verme llorar, lloraba

私が泣くのを見て、松の木でさえ泣いた

 

La pena y la que no es pena, llorona, todo es pena para mí

苦しみもそうでないことも 私にとっては同じこと

La pena y la que no es pena, llorona, todo es pena para mí

苦しみもそうでないことも 私には全てが苦しく悲しい 

Ayer lloraba por verte, llorona, hoy lloro porque te vi

あなたに会いたくて泣いていた昨日 会えて泣く今日

Ayer lloraba por verte, llorona, hoy lloro porque te vi

昨日は会いたくて泣いていた 今日は会えたから泣くの

 

Ay, de mí, llorona, llorona, llorona de azul celeste

ああ 泣き虫な私 青い空に泣く

 

Ay, de mí, llorona, llorona, llorona de azul celeste

ああ 泣き虫な私よ 青い空に涙を流す

 Y aunque la vida me cueste, llorona, no dejaré de quererte

例え命と引き換えでも、あなたを愛し続ける

 

Y aunque la vida me cueste, llorona, no dejaré de quererte

そう、例え命と引き換えでも、あなたを愛するのをやめはしない

 

No dejaré de quererte

やめはしない

No dejaré de quererte

やめはしない

Ay, ay, ay(グリート)

 

La lloronaは「泣く女」という意味で、泣いている女の子に向かって“Ay, eres llorona(もう、泣き虫なんだから)”などという風に使われる言葉です。ちなみにLloronaは女性名詞なので、男性に対しては‟Llorón”となります。(あまり使われている所は見ませんが…)

 

【使われている動詞の活用】 

・cueste→costar(費用・労力などがかかる、要する)の接続法現在形

・dejaré→dejar(そのままにする、捨てる)の直説法未来形

・subí→subir(登る)の直説法点過去形

・divisaba→divisar(遠くのものを識別する、見える)の直説法線過去

・era→ser(である)の直説法線過去形

・lloraba→llorar(泣く)の直説法線過去

・lloro→llorar(泣く)の直説法現在

・vi→ver(見る)の直説法点過去

 

線過去は婉曲表現として使われることが多く、歌詞などでより詩的なニュアンスを出すために使われます。線過去だからといって過去のことを指しているとは限らない点に注意が必要です。

 

また、最後のAy ay ay…の所はグリートという裏声を叫ぶように張り上げるテクニックで、メキシコ音楽にはよく使われます。情熱的な歌詞と哀愁を誘うメロディがフラメンコのようなエキゾチックさを感じさせる、素敵な一曲となっています。

同じフレーズの繰り返しが多く単語も難しくないので、スペイン語を始めたばかりの方もぜひ覚えて歌ってみてくださいね。

 

背景を知ると映画がもっと楽しくなる~メキシコ人の家族観&死生観~

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メキシコ人は、家族の絆をとても大切にします。一日に何度も電話で連絡を取り合ったり、結婚してからも週末に両親を訪ねて食事を共にしたりすることもめずらしくなく、その繋がりはとても強固です。そのため、いざというときには、「リメンバー・ミー」のご先祖たちのように抜群のチームワークを発揮するのです。

 

特におばあちゃんの存在感は圧倒的で、時として家族はおばあちゃんを中心に回っていると言っても過言ではありません。

私がメキシコにいた時、特に仲の良かったメキシコ人の同僚がいたのですが、彼女は職場にいても常に家族と連絡を取り合い「おばあちゃんが出かけるのでパパが送って行くらしい。お迎えは誰が行く?」などと相談していました。彼女の家に行くといつもおばあちゃんがリビングに座っていて、豆を選別したり本を読んでいるだけなのに、リビング全体に光を発しているような不思議なパワーを感じたのを覚えています。まさに、リメンバー・ミーのママ・ココのイメージです。

 

また、メキシコ人は明るく陽気なイメージがありますが、同時に「死」を常に意識している所があります。「いつ死ぬかわからないのだから、今を楽しく生きよう」というわけです。

 

メキシコ人の死生観の形成にはとても複雑な歴史があるものの、特に影響を与えたとされるのが、19世紀のメキシコを生きたホセ・グアダルーペ・ポサダという画家です。彼は、服を着た骸骨の絵を数多く残したことで死後有名になり、多くの研究者が彼の絵には「金持ちも貧乏も死ねば皆等しく骸骨」というメッセージが込められていると考えました。

 

作中でも、死者の国の人々は皆骸骨の姿をしているように、メキシコ人にとって、人の世と骸骨には切っても切り離せない繋がりがあるのです。

 

政治の腐敗や貧富の差が激しく、まだまだ豊かな国とはいえない現代メキシコ。死者の日に骸骨のペイントをしてお祭りを楽しむ背景には、ポサダの絵の中で陽気に歌い踊る骸骨たちのように、「死を受け入れ、死の隣で生きる」境地があるのかもしれません。



覚えておくと便利なスペイン語のワンフレーズ

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それでは、最後に劇中に登場する便利なスペイン語の口語表現を5つご紹介します。どれもメキシコ独特の、日常生活で彼らがよく使う表現ですので、リメンバー・ミーを見てメキシコに興味を持った方は、ぜひ覚えてみてください。

¡Qué padre! (素敵!/いいじゃん!) 

例)

“Oye, voy a Cancún en siguiente vacaciones. ” (あのね、今度の休暇でカンクンに行くんだ)

“¡Qué padre! Que lo pases bien.” (いいじゃん!楽しんでね)

友達や同僚など、親しい人と雑談するときによく使われる表現です。「父親」という意味のpadreが使われるのはなんだか面白いですね。

 

No manches! (嘘だろ/勘弁してくれよ!)

例)

“Perdóname, se me olvidó de traer mi cartera” (ごめん、財布忘れた)

“No manches...entonces no podemos ir al cine hoy.” (嘘だろ...じゃあ今日は映画行けないね)

 

呆れた時や抗議するときに使います。Mancharは「汚す・シミをつける」という意味なので直訳すると「汚さないでよ・シミを付けないでよ」となります。心にシミを付けられたような気分のときに使うとよいでしょう。ただ、かなりくだけた表現なので、目上の人に使う時は注意が必要です。

Híjole! (なんてこった!)

例)

“¡Híhole! Equipo de Japón ganó el partido.” (なんてこった!日本チームが試合に勝ったぞ)

 

驚きの表現。プラスの意味でもマイナスの意味でも使います。メキシコ人はよくとっさに悪態をつきますが、これはNo manchesと並んで最もよく使われる言い回しです。

 
Con permiso (失礼します)

例)

“Ok, gracias por su tiempo hoy. Con permiso.” (では、今日はお時間ありがとうございました。失礼します。)

 

日本の「失礼します」と同じ感覚で使います。狭い所で人の後ろを通る時などにも使える便利な表現です。

Lo sabía (だろうと思った)

例)

“Me dijo que no.” (ダメだってさ)

“Pues lo sabía.” (まあ、だろうね)

これもいい意味・悪い意味どちらにも使われます。友達が試験に合格した時など、「あなたならやれると思ってたわ!」というお祝いの言葉としてもよく聞かれますが、どちらかというと悪い知らせを受けた時に使うことの方が多いかもしれません。

 

今回の記事はいかがでしたか

以上、映画「リメンバー・ミー」と、メキシコの文化についてご紹介しました。映画そのものの魅力もさることながら、背景にある文化や価値観を知ると、もっと映画が面白くなりますよね。

また、一口にスペイン語といっても、スペインで話されるものと、メキシコで話されるものはずいぶん毛色が違うことも分かります。

 

スペイン語初級者の方も、スペイン語は一通り勉強した方も、ぜひ「リメンバー・ミー」を通して新たな発見をしてみてくださいね。

 

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りょー(@pawnspanish)